四季折々

日本人は自然とうまく共生しながら独自の文化を育んできた。

 

一年の中には四季があり、その時々に変わった色を見せる。

 

その変化を一日一日ごとに敏感に感じ取り、順応しながら生きてきた。

 

変化を感じ、順応してきたからこそこれだけ多様で豊かな美しい日本が形作られた。

 

また日々の変化を感じ、その時代や時の一部として生きることを理解し、受け入れ生きていくことが日本人としての誇りや、文化を作っていくことに繋がるはずだ。

 

誇りや文化は次の世代へと受け継がれていくもの。

 

自分には父、母から受け継いだものがある。

 

それは誇らしきことであり、自らの運命、宿命である。

 

激しく移り変わるこの現代の世の中で、四季の変化にそっと耳を傾け自分のルーツや日本の歴史を思い出す、そんな時間を持ちながら過ごしていければなと思うこの頃である。

人の温かさ

 

美容師をやってるチームメイトに髪を切ってもらった。

 

その後にレストランで食事をして、ボーリングやプールをして土曜日の夜を過ごした。

 

チームメイトの彼女はこの日が初対面だったけれど、まるでみんなずっと一緒にいたかのように気を使うことなく楽しく時間を共にした。

 

一緒にいる時間は冗談を言い合って、みんなの和を大事にする。

 

そこに人種は関係ないし、差別もない。

 

ウルグアイ人は以外にボーリングが下手くそだったのは予想外だったけれど、純粋にゲームを楽しむ姿はみんな子供のようだった。

 

みんなタトゥーががっつり入ってて、日本だったら厳ついなって思われるかもしれないけれどすごく純粋でピュアな心を持っているなって思った。

 

幸せを感じる瞬間というのは日常にあるなと感じたし、この幸せの感触を、気持ちを大事にしたい。

 

 

 

 

負けず嫌い

この感覚はなんだか久しぶりだ。

紅白戦とはいえど、試合に負ける、自分自身も良いプレーも少なくボールロストや球際で負けるシーンがあった。

自分とチームもダメダメで悔しい気持ちで一杯で、モヤモヤしてて、この気持ちはサッカーでしか消化できない。

ただ少なくとも自分のことはどうでもよくてというか2の次で、まずチームが勝っているかどうかがとにかく大事なんだなと感じていた。

その証拠に自分が交代したあともチームに対して指示を出したり、関心を持ってゲームを見つめていた。

スタメン組としてのプライドがそうさせたのは間違いない。

ただこんな気持ちを感じられるのはずっとスタメン組でやってきたからこそだし、監督が使ってくれているからこそ。

このチームに勝って恩返しがしたい。

そういう気持ちを大事にして、チーム一丸となって戦っていきたい。

俺達が最強なんだという自負、自覚を持って試合に臨む。

勝負にかける想いは誰にも負けない。

その気持ちでプレーし、勝つこと。




ボカU-15、試合前のキャプテンの演説。

振り返る

昨日はBasanezのテストに行き、ヘディングで点も決め自分としても納得のいくプレーだった。

 

そして今日は監督から個人的に直接会って話がしたいと言われ会ってきた。

 

ここまでしてくれるのは少なくとも別のテスト生とは違いを見せられた結果だと思う。

 

そしてなによりこの一か月近く、Halconesで自分なりに日々試行錯誤を積み重ねきたことの証明でもある。

 

中学、高校、そしてポーランドでのサッカーは常に挫折の連続だったと今は思う。

 

いまこうして小さいながらも成功体験を積み重ねていけているのは、やめずに進み続けてきたからだ。

 

自分ひとりの力では絶対に不可能だったことは間違いない。

 

歩いてきた道を振り返ると順風満帆とは決して言えず、遠回りしまくってきた。

 

だが今年は今までとは違った一年になる。

 

そう心に刻んで今を生きている。

 

どんな環境であれ、プロフェッショナルな人間であろうとすることが大事であり、そうありたい。

 

自分との勝負。

昨日の自分より1センチでも前に、上に進むこと。

 

隣の芝生は青くみえるというけれど、大事なのは常に自分自身が成長しているかだ。

 

そこにポイントを置けば自ずと道は決まってくる。

 

自分の決断を信じて前に進んでいく。

おもいを言葉に

思うと想う。

 

思うという漢字は上の田が人の脳を表し、下の心が心臓を表している。

よって頭と心を中心として考えることになる。

 

一方で想うという漢字は目で視た具体的な木に対して心で考えるということ。

よって想うは心によって具体的なイメージを考えること。

 

思うは一般に広い意味で使え、想うは心によって具体的なイメージを思い浮かべるときだけ使える。

 

例えば、恋人や家族のことを想う。

過ぎ去った日々を想い起すなど。

 

夜空に浮かぶ満月を眺めているときや夕日が沈む水平線を眺めていると自然と日本にいる家族のことを想い浮かべる。

 

 おもいを言葉にすることを忘れてしまうと、いつのまにか違うものにすり替わってしまったり、自分の感情に気づけなくなってしまう。

 

ふとした瞬間に思い浮かぶことはきっと心の奥深くに存在する大事な感情だ。

 

どうにも内なるエネルギーが湧いてこない時や、なんだかモヤモヤする感情に支配されているときは一人っきりの時間をとって静かに自分の心に耳を傾けることが必要な時なのかもしれない。

 

自分の心に正直に。

おもいを言葉に。

 

言葉にできないのならば、勉強をし、本を読み、話を聞き、行動し、インプットすること。

 

気持ちを表現できないことで人におもいが伝わらないのは疎か、自分の心が分からないのは最も悲しいことではないかと思う。

 

 

 

兄、家族

一番身近なところに尊敬する兄が僕にはいる。

 

もちろん両親に対しても親として、人として尊敬の気持ちを持っている。

 

僕より先に社会に出てたとえステージは違えど、厳しい競争のなかで戦ってきた人生の先輩たちだ。

 

いつも自分の気づかないような視点からのアドバイスをくれたり自分が目を背けていることに対して厳しい意見を言ってくれたり、またどこにいっても努力し続けてきた僕なら大丈夫だと自信になる言葉をかけてくれたりと、本当にいつも僕の支えや後押しになっている存在だ。

 

そしてなにより行動、その姿、背中で生き様を示してくれた人たちだ。

 

僕自身、サッカーというものに対してモチベーションがどうしても持てない時はある。

 

そんなとき自分をドライブしてくれるのは家族の存在であることは間違いない。

 

イチローの引退会見で自分のためにプレーすることがチームのためにも、観ている人にも自分自身のためにもなると考えていたのが、ニューヨークに来てから人に喜んでもらうことが一番の喜びに変わったという話がある。

 

そんな感覚を僕もかすかながら感じる。

 

一番はなにより家族にために。

そしてチームのために。

今まで関わってきてくれたアカデミーの人たち。

ポーランドでの僕にとっての家族同然のチームメイトたち。

 

身近な人たちを笑顔にできるようになったら、最高の幸せだ。

 

そしてゆくゆくは未来の子供たち、次の世代へと自分が受け継いだものを再び引き継いでいけるように自分を磨き続けていくこと。

 

これは僕にとっての使命であり、生きる意味でもある。

 

今はまだ抽象的だけれども、ベース、軸はブレない強固なものが心にある。

 

今の僕はたとえ何が来ようとも、どこであろうとも前へ突き進んでいける、そんな自信がある。

 

 

なぜだか分からないもの

人によって悩みの種類はそれぞれ違ったものだとおもうけれど、答えのないものを追い求めているときはみんな辛いのかなって思う。

 

なんかわかんないけれど、色んなことがおこって色んな要因が絡み合って、気持ちがズーンと沈むときがある。

 

いまそんなかんじ。

 

例えば、悔しい、羨ましい、褒められたい、欲しい、したい、好き、美しい、気持ちいい、面白い、嫌い、やめたい、元気がない、あたりは定期的に言葉にしておいたほうがいい。言葉にしないと違うものに擦り変わる。例えば羨ましいはあんなもの大したことない、にすぐ変わる。 Dai Tamesue (為末大)

 

これは為末大さんのツイートだ。

 

大事なことは自分の感情に素直になって泣きたいときは泣ける、嬉しいときは精一杯笑える、それがすごく大事だなと実感した。 

 

悩む暇もなく何かに没頭し、突き進むことは今の僕のひとつのテーマである。

 

がしかし、時にはふっと息をついて星を眺めたり、海の先にみえる水平線の先に想いを馳せる、そんな時間をとれる自分でいることが人生を少し豊かに、そしてちょっと気持ちを落ち着かせてくれるのではないかとおもう。

 

最初のテーマに話を戻すと答えの見つからないものやなぜだか分からないものは多少なりともある。

 

それを無理やりわかろうとするのではなく、そのまま受け止める、そんな考え方、生き方ができればいいのかもしれない。